「暗殺計画」言及、比で対立激化 【水谷竹秀✕リアルワールド】
フィリピンのマルコス大統領とサラ副大統領の対立が激化し、修復不能な状態に陥っている。サラ氏は11月23日、オンライン会見を開き「彼らが私を殺すのなら、マルコス大統領夫妻とロムアルデス下院議長を殺すようある人物に伝えた。これは冗談ではない。全員殺すまでやれと指示を出した」と語り、暗殺計画があることを明らかにした。
これに対しマルコス氏も会見を開き「そのような計画は脅威であり、看過できない」と強調した。
大統領と副大統領の確執の裏には何が起きているのか。
サラ氏は、麻薬の取り締まりで死者6千人以上を出した「麻薬戦争」を指揮したドゥテルテ前大統領の長女だ。父の後継者として、フィリピン第3の都市、ダバオ市の市長を務め、2022年の大統領選ではマルコス氏と共闘し、圧勝した。
2人の結束は強固に思われたが、昨年半ばから亀裂が生じ始める。サラ氏の副大統領室、そしてトップを兼任していた教育省の機密費の使途をめぐり、マルコス氏のいとこに当たるロムアルデス下院議員らと衝突したためだ。
サラ氏は今年6月、突如として教育相を辞任。マルコス氏に対する牙をむき始め、父親譲りの暴言を吐いた。
「マルコス氏の父(元大統領)の遺骨を掘り起こし、海に捨ててやる」
「現政権はインフレや食の安全保障問題への明確な対策を示していない。この国はやがて地獄に落ちる」
一方のマルコス氏も、ドゥテルテ前政権時代に設立されたオンラインカジノの摘発を進め、外交政策では南沙諸島の領有権問題を中心に、親中国のドゥテルテ氏とは反対の立場を取るなど、間接的にドゥテルテ家と対峙(たいじ)した。下院は9月半ばから、機密費流用疑惑に関する公聴会を開いたが、サラ氏は立て続けに欠席。調査への協力を拒んだ自身の側近が下院施設内で拘束されたため、それに反発する形で暗殺計画に言及した。
この暗殺計画発言を受けて市民団体は12月上旬、サラ氏が国民の信頼を裏切ったなどとして弾劾を求める申し立てを下院に提出した。マルコス氏は「弾劾は国益に結びつかないから時間の無駄だ」と議員らに忠告し、事態は一層混迷を極めた。弾劾は下院の3分の1以上が賛成すれば上院で弾劾裁判が開かれ、3分の2以上の賛成で成立する。
この対立の背景にあるのは、25年の中間選挙、そして28年の次期大統領選だ。サラ氏は大統領選への出馬が有力視されており、父のドゥテルテ氏は、中間選挙でダバオ市長への返り咲きを目指して立候補する意思を表明した。親子揃(そろ)って権力の座に居座る構えで、これを阻止したいマルコス氏との間ですでに、次期大統領選に向けた前哨戦が始まっているということだ。まずは来年5月に実施される中間選挙が、両者にとっての試金石になるだろう。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 51からの転載】
水谷竹秀(みずたに・たけひで)/ ノンフィクションライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、「日本を捨てた男たち」で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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