心癒やすピアノワルツ 【コラム 音楽の森 柴田克彦】
今回取り上げるのは、ピアノのイリーナ・メジューエワによるショパンの「ワルツ集」である。
ロシア出身のメジューエワは、モスクワのグネーシン音楽大学(現ロシア音楽アカデミー)でウラジーミル・トロップに師事し、1992年ロッテルダムで開催された第4回エドゥアルド・フリプセ国際コンクールで優勝後、国際的に活躍している。
さらに97年からは日本を本拠地として活動。数々の著名オーケストラとの共演や各地でのリサイタルを行い、現在は大阪音楽大学の特任教授も務めている。CD録音も数多く、「ショパン:ノクターン全集」(若林工房)は2010年度レコードアカデミー賞(器楽曲部門)に輝いている。
今回の「ワルツ集」は、新ショパン・シリーズの第5弾。ショパンは彼女が得意とする作曲家で、多数の録音はこれまでも高く評価されている。
ワルツは“ピアノの詩人”ショパンの重要レパートリーの一つ。本作では、作曲者の生前に出版された8曲が作品番号順、残り10曲が自由に配列され、最後に「3つのエコセーズ」が置かれている。
演奏は、繊細、優美、かつドラマティック。中でも場面転換が絶妙で、フレーズごとのニュアンスがこまやかに描き分けられている。遅い部分のしみじみとした情感は心に染みるし、速い部分の畳み掛けは実に鮮やか。この両者の対比も耳を奪う。
最初の作品18と作品34ー1を聴けば、フレーズごとのニュアンスの変化が明確に分かるだろう。続く作品34ー2の短調の翳りも印象的で、2拍子と3拍子を同時に演奏する「ポリリズム」が用いられた作品42も聴きものだ。
特に注目したいのが、「小犬のワルツ」の愛称で知られる作品64ー1。この曲は終始軽快に駆け巡るイメージがあるが、この演奏では、やや遅い中間部の丁寧な表現が、曲の奥深さを浮き彫りにしている。また同曲を含む作品64の3曲は、全体を象徴する聴きどころでもある。
そして最後に登場する「3つのエコセーズ」は、16歳頃に書かれた、普段接する機会が少ない作品。その愛らしく軽やかな音楽は、若きショパンの希望を映すかのようだ。
当録音は1925年製のニューヨーク・スタインウェイで演奏されており、通常聴く現代のモダン・ピアノとはひと味異なる音色も清新な感触をもたらす。
そして何より、ブックレットに記された「ワルツは困難な時代に流行するという。だとすれば、私達はこの演奏を聴いて、しばし世知辛い世の中を忘れることができるかもしれない。このディスクはささやかな幸せを与えてくれる1枚だ」との一文(亀田正俊氏)が、最大の魅力を物語る。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 50からの転載】
柴田 克彦(しばた・かつひこ)/音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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