映倫 次世代への映画推薦委員会推薦作品 —「ぼくとパパ、約束の週末」
社会のちっぽけな常識を、宇宙的視野で書き換える
自閉症と診断されたジェイソン少年。日常の細かいルールを決め、踏み外すと取り乱して手に負えなくなる。そんな息子に愛情を注ぎながらも振り回されるパパとママは大変だ。そうした中、応援するサッカークラブを実際に見て決めたいというジェイソンの希望から、パパと息子のドイツ全国スタジアム巡りが始まった。もちろん強豪バイエルンもドルトムントも探訪――パパの風貌は、両クラブに所属したフンメルス選手といったところだが(私見)、そういうレジェンドよりも、ジェイソンにとってのスターは物理学者アインシュタインだろう。宗教学の先生に抗って問題児扱いされる少年は、宇宙理論や量子力学に精通する。
ジェイソンのクラブ選びの基準は、強さではなく、地球環境に配慮した経営の持続可能性、「ネオナチのサポーター禁止」といった社会倫理、そして「残念なマスコット禁止」など。スタジアムの大声援を浴び、ユニークなサポーターたちに触れ、ジェイソンの宇宙が振動する。
もちろんトラブルも生じる。旅の列車の食堂にて、自分の注文通りではないとジェイソンは食べるのを拒否、でも料理を捨てるのも拒否、どうにもならず喚く。「躾がなっていない」と白い目で見られる。ジェイソンのような軌道を描けば〝社会〞の運行に収まるのは難しい。もっと周囲の理解があればと思う。また、ハードな旅の挙げ句に仕事で大失敗したパパは、ついに胸中をぶちまけてしまう。親子の断絶と和解の軌跡、そしてクラブ選びの行方をぜひ見届けたい。そこにジェイソンならではの感性と思考がいかに作用するのかを。
混沌から調和へ、映画が導く高みから世界の見方は更新される。星のごとく地図を埋めるスタジアムへの巡回は続き、列車の突入するトンネルは宇宙の広がりとなる。
文=広岡歩 制作=キネマ旬報社(「キネマ旬報」2024年11月号より転載)
「ぼくとパパ、約束の週末」
【あらすじ】
特別な感性を持ち、自閉症と診断されたジェイソン。生活のルーティンが破られるとパニックを起こしてしまう。ある日、クラスメイトに好きなサッカークラブを訊かれて答えられなかった彼は、ドイツ全国56クラブすべてを自分の目で確かめて“推し”を決めたいと言い出す。こうして週末を利用したパパとのスタジアム巡りが始まるが……。
【STAFF & CAST】
監督:マルク・ローテムント
出演:フロリアン・ダーヴィト・フィッツ、セシリオ・アンドレセン ほか
配給:S・D・P
ドイツ/2023年/109分/Gマーク
11月15日より全国にて順次公開
©2023 WIEDEMANN & BERG FILM GMBH / SEVENPICTURES FILM GMBH
記事提供元:キネマ旬報WEB
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