高市政権が抱える4つのジレンマ 高支持率なのにトランプと同じくTACOってる?
イチオシスト

11月7日、衆院予算委で立憲民主党の岡田克也氏の質問に答弁する高市早苗首相。「台湾有事」を巡る発言はここから飛び出した
発足1ヵ月がたった今も「72%」という高い支持率を維持している高市内閣。この世論人気を背景に国政では大ナタを振るって――とはいかないらしい。
経済政策から外交、そして今後の解散・総選挙への決断に至るまで、実はがんじがらめの板挟みになってやりたいことができない、そんな高市首相を取り巻く"しんどい状況"について取材した!
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【ジレンマ①】「対中関係」と「右派の期待」あちらを立てれば、こちらが立たず。そんなジレンマに高市早苗首相は身もだえているように見える。その典型が対中国トラブルだ。
「戦艦を使って武力行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になりうる」
台湾有事を巡り、高市首相がこんなフレーズを口にしたのは11月7日の衆院予算委員会でのこと。
その意味することは中国が金科玉条のように扱う「ひとつの中国」(中国と台湾はひとつの国家であり、台湾は中国の一部)原則の否定であり、自衛隊による中国への実力行使の可能性だ。
この答弁に、中国は「日本はレッドラインを超えた」と激怒。対抗措置として日本への旅行や留学の自粛、新作日本アニメの上映延期、海産物の輸入ストップなど、対日制裁カードが矢継ぎ早に繰り出された。
その経済的損失は大きく、インバウンド客の減少だけでもマイナス1.8兆円という試算(野村総研調べ。中国人訪日者の減少を2012年の尖閣(せんかく)問題発生時と同じ25%減少と仮定したケース)があるほどだ。
元経済産業省の官僚、古賀茂明氏が言う。
「インバウンドだから1.8兆円の損失で済むが、中国の対抗措置がレアアースの対日禁輸にまでエスカレートしたら、その悪影響は国内のすべての産業に及びます」
中国は日本にとって輸出2位、輸入1位の貿易相手国(2023年)。しかも、国内総生産(GDP)で約4.5倍、軍事費に至っては約6倍の大国だ。だからこそ、中国が神経をとがらす台湾の帰属や独立問題については明言を避けるという「あいまい戦略」を保ち、日中関係を賢くマネジメントしてきた経緯がある。
それを高市首相はあっさりとひっくり返してしまった。いったい、なぜ?
「右派の期待に、少しでも応えたいという思いがあったからでは?」とささやくのは外務省関係者だ。

アメリカのトランプ大統領(左)と中国の習近平国家主席(右)。米中が接近する中、高市首相は難しい外交のかじ取りを迫られている
「高市首相を支えるのは岩盤保守層の中でも右派的な人たち。ただ、首相になった後は持論の靖国参拝を封印するなど、中道保守寄りの〝安全運転〟が目立つようになり、右派の期待感を少々裏切ってきた。
そこで対中強硬姿勢を鮮明にすることで、その揺り戻しを狙ったのですが、その判断によって対中関係を経済に影響が出るほど悪化させてしまった。高市首相は今、岩盤支持層の右派と中国の間で板挟みのジレンマを抱えているように見えます」
【ジレンマ②】「インフレ上等」と「物価高による生活苦」経済政策でもジレンマに直面している。
高市首相の成長戦略は「高圧経済」だ。アメリカの中央銀行FRB(連邦準備制度理事会)のジャネット・イエレン前議長らが提唱してきた経済理論で、政府が財政支出を拡大することで企業の投資や生産を刺激し、需要が供給を上回る過熱状態=経済成長を実現しようというものだ。
ただ、こうしたプロセスは必然的にインフレを伴う。つまり、高圧経済、財政拡大のサナエノミクスは「インフレ上等」の成長策と言ってもよい。
「インフレは高いほうが良いというのが高市首相の考え。インフレ下では経済成長がなくてもGDPが大きくなり、国の収入が増えるからです。
モノの値段が上がるから消費税収が増える。企業の売り上げも伸び、法人税収増や賃上げも期待できる。そのほかにもインフレが進めば、国の借金を実質的に減らせるという効果もあります」(全国紙政治部デスク)
そのサナエノミクスの具体策として浮上しているのが、総額21・3兆円(補助金などを含めた真水部分)という巨額の補正予算案だ。
コロナ以前まで補正予算は2兆~5兆円規模にとどまっていたが、それが21.3兆円になるのだから大盤振る舞いだ。石破内閣が編成した昨年度補正13.9兆円と比べても50%以上増えている。
ただ、補正案の規模の大きさが明らかになるにつれ、サナエノミクスは冷や水を浴びせられることになった。高市首相就任以来、じりじりと進んでいた円安に加え、株、国債までもが売られて下落するというトリプル安に見舞われてしまったのだ。
「高市首相の就任後、5万2000円台まで上がっていた株価は4万8000円台に。国債も売られ、長期金利は17年ぶりの高水準となる1.7%台まで上昇しました(国債が下落すると、長期金利は上がる)。
トリプル安の意味することは全面的な日本売り。これでは円安がさらに加速化しかねません」
円安が進めば、輸入物価が上がり、さらに国民の生活は苦しくなる。その一方で高圧経済下でのインフレ基調にこだわる高市政権には物価高対策に取り組む熱意がいまいち見えない。
前出の古賀氏が言う。
「高圧経済下ではインフレが進むので、物価高対策が欠かせない。ただ、米トランプ大統領に対GDP比2%の防衛費増の前倒し達成を約束するなど、高市首相は防衛強化に前のめり。
その莫大(ばくだい)な防衛費とのトレードオフで財源が不足し、物価高対策が手薄になるというジレンマを高市政権は抱えている。これではインフレに悩む国民の暮らしは楽になりません」
高圧経済で経済成長を狙えば、インフレが進んで国民が疲弊する。かといってインフレ退治に乗り出して減税や金利上げを容認すれば、サナエノミクスがついえてしまう―。ここでも高市首相は深いジレンマにさらされているようだ。
【ジレンマ③】「定数減を求める維新」と「党内の慎重論」連立を組む日本維新の会との関係でも高市首相のジレンマは続いている。
維新は高市・自民と連立を組む条件として、衆院定数1割減法案を今臨時国会に共同で提出し、成立を目指すという約束を取り交わしている。
特に吉村洋文代表は「定数削減は維新にとって、政治改革のセンターピン。一歩も引かない」と、法案が仕上がらない場合には連立離脱をにおわせるほどだ。この鼻息の荒さに自民側も法案提出は既定路線という理解だった。しかし、その後に風向きが大きく変化したという。
自民関係者が言う。
「維新の主張どおりに1割減を行なうと、自民党も比例区選出議員などを中心に17議席を失うというデータが出回ってから、党内では公然と法案提出に反対する声が聞こえるようになったんです。
維新の主張を受け入れると17人の仲間を失う。かといって党内の異論に同意すれば、連立離脱を招く。そのジレンマの中でどうすれば法案提出にこぎ着けることができるのか? 高市首相にとって大きな課題となっていました」
ただ、ここにきて対維新ジレンマは大きく改善したという見方も浮上している。
「一歩も引かないと豪語していた維新が11月21日になって、急に『定数減については大枠だけを決め、具体案は1年以内に合意すればよい』と譲歩の姿勢を見せてきたんです。
自民党内の異論の強さを考えれば、とても臨時国会中に法案を仕上げることは無理と維新は判断したのでしょう。維新のこの先延ばし譲歩で、高市首相がホッとひと息ついたのは言うまでもありません」
ところが、話はここで終わらない。妥協に転じた維新内部がガタついているのだ。
ジャーナリストの鈴木哲夫氏が言う。
「定数削減は自維の連立協議で合意できなかった企業・団体献金の見直しに代わる最重要政策として盛り込まれたもの。それすら先延ばしにするとなると、維新は連立入りの大義を失いかねません。
そのため、『連立入りは改革実現のためでなく、与党入りしたかっただけと批判される』と、少なくない維新議員が心配しています。このまますんなりと定数削減の合意案作りが進むとはとても思えません」
そのアリバイ作りか、維新は定数削減の具体的な方法について1年以内に結論が出ない場合、比例定数を自動的に50削減する「期限条項」を法案に明記するべきだと主張。しかし、自民は党内の慎重論を理由に、のらりくらりと回答を保留している状態だ。
「期限条項の明記も自民から拒否されるとなると、維新のメンツは丸潰れになる。吉村代表や藤田文武共同代表が連立離脱を決断するシーンがあってもおかしくない。維新が離脱する危機はまだくすぶっていると言えるでしょう」(前出・自民関係者)
【ジレンマ④】「高市内閣の人気」と「自民党の不人気」4つ目のジレンマは解散戦略だ。
対中外交での大ポカにもかかわらず、高市内閣の支持率は72%(11月21?23日。NNN・読売新聞調べ)と高支持率を維持している。ここで解散に打って出て、衆院での過半数を回復したいと高市首相が色気を出してもおかしくない。
「今、衆院選を戦えば、自民、維新合わせてプラス43議席の273議席に達するというシミュレーションもある。実際、首相周辺では1月通常国会での冒頭解散のシナリオが公然と語られ出しています」(前出・政治部デスク)
とはいえ、この解散風にも強烈なジレンマがつきまとう。前出の鈴木氏が言う。
「高市首相が高支持率をキープする一方で、肝心の自民党の支持率は言うほど上がっていない。つまり、高市人気が党勢回復に結びついていない状況が続いているんです。
維新との選挙区調整をどうするかという問題や、公明の離脱で母体の創価学会の票も期待できないという弱みもある。自身の高い支持率だけを頼りに、解散を決断するのはなかなか難しい。高市首相も迷っているはずです」
実際、解散を巡る高市首相のジレンマを体現するような選挙結果も出ている。それが自民関係者の間で「葛飾ショック」と呼ばれる11月9日の葛飾区議選(定数40)だ。
この選挙で自民は擁立した17候補のうち7人を落選させている。当選10人は前回選挙の2減という厳しい結果だ。
「トップ当選を果たしたのは参政党の新人候補でした。高市人気で離れてしまった右派保守票が戻ってくると期待したのに、その気配はなかった。
それだけでも相当ショックなのに、翌週の11月16日の福島市長選でも自民は元立憲民主党の新人候補に敗れてしまった。地方の選挙結果は必ず国政選挙にも反映されます。解散は党の支持率が30%前後に回復してからということになりそうです」(前出・自民関係者)
前出の古賀氏は、首相になるや持論の消費税減税、靖国参拝などを封印してしまった高市首相を「トランプと同じく"TACO"かもしれない」と評した。
TACOとは、強気な政策を数々打ち出すくせに、土壇場になって撤回・延期を繰り返すトランプ大統領に対して「Trump Always Chickens Out(トランプはいつもビビビッて逃げ出す)」と揶揄(やゆ)した言葉の頭文字を取った略称だが、「この表現は高市首相にも当てはまるのではないか」と古賀氏はみる。「Takaichi Always Chickens Out」というわけだ。
積極財政や強気の外交、さらには解散・総選挙まで、高い支持率をバックに、やりたいことができる環境が整っているように見えるが、実際は数々の深刻なジレンマを抱えて及び腰になっている――そんな高市首相の苦悩が垣間見える。
写真/共同通信社
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