長瀬智也はなぜバイクレースに挑戦するのか? 「2025クラブマンロードレース」のパドックで直撃!
イチオシスト

「レコードラインが乾いていたら、せっかく来ていただいた皆さんのためにもレースに出場したかったのですが......」と語る長瀬さん。「棄権するのは心苦しかったのですが、これもレースだと理解してもらえればと思います」
ロックバンド「Kode Talkers」のヴォーカル&ギターとして活動する長瀬智也が11月9日、茨城県の筑波サーキットで行なわれたMCFAJ(全日本モーターサイクルクラブ連盟)主催の「2025 クラブマンロードレース第3戦」のMAX6‐B(水冷)クラスにエントリーした。
長瀬はアメリカのハーレーダビッドソンが製造する大型ツーリングバイク、Pan America(パンアメリカ)を改良したマシンで出走する予定だったが、イベント当日は雨のためにレースを棄権することを決断。
残念ながら、長瀬自身がサーキットを走る姿を見ることはできなかったが、パドックでオートバイやレースに賭ける思いを熱く語ってもらった。
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【レースに救われたので恩返しをしたい】――長瀬さんのお父さんは1960年代から70年代にかけて、舗装路でのタイムトライアル競技のジムカーナからサーキットでのフォーミュラカーまで、さまざまな4輪レースで活躍したレーシングドライバーですよね。モータースポーツを始めるきっかけは、その影響だったのですか?
長瀬智也(以下、長瀬) 父がレーサーだったということもあり、クルマやレースが身近にある環境で育ってきたので、僕の中ではモータースポーツをするのがある意味、当たり前の人生だと捉えています。子どもの頃から親父が通っているクルマ屋さんのガレージで遊んでいたり、メカニックのお兄ちゃんに遊んでもらったり、そういう中で成長してきました。
芸能の世界に入ると、そういう育ち方は異例だと気付きました。でもそれが、仕事に活きたとも思います。しかし僕自身も会社に属していたものですから、僕の思いで勝手にレースをするのはどうなのかなと思っていました。
――芸能事務所に所属していたときはレースが禁止だった?
長瀬 禁止というわけではないですが、例えばドラマなどの長期にわたる仕事をさせてもらっていたので、もしレースでケガをしたら周囲に迷惑をかけてしまいます。それに僕がレースをすると、会社の別の人間が真似をしてしまうことも懸念していました。だから自分の中だけで、大好きなオートバイやレースを消化していたという感じでした。
でも年齢を重ねてやっと自分の好きなオートバイやレースに没頭できるようになり、それで僕は救われたので、恩返しをしたいという思いがあるんです。だから仲間と一緒にモータースポーツを盛り上げるためにレースに参加しています。
――「オートバイやレースに救われた」ということですが、それは芸能活動をしていたときには大きなストレスを抱えていたということですか?
長瀬 ストレスのない仕事なんて、この世の中にないと思います。きっと誰もがストレスを抱えながら仕事に取り組んでいる。僕は好きなもので発散して、その活力を仕事にもっていって、いい表現をしたり、いい作品を創造してきたという認識です。
【常に限界を越えようとするレーサーの姿勢はクリエイティブなことにもつながる】――長瀬さんにとってレースの魅力とは?
長瀬 レースをやってわかったことのひとつなんですが、クリエイティブなことにも同じことが言えると思います。それは以前の作品よりも今の作品を良くするための志と似ていて、その気持ちがないとなかなか前作の自分を越えられない。
レースでは、ベストタイムのコンマ数秒を縮めることの難しさを思い知りました。でも、それが報われる瞬間があるからこそ続けられるのは、クリエイティブなことも同じような気がしています。

長瀬さん(中央)のマシンはアメリカのハーレーダビッドソンの大型ツーリングバイク、Pan America。これをベースにサーキット仕様に改造してレース参戦し、富士スピードウェイで開催された クラブマンロードレース第2では2位表彰台を獲得している
――モータースポーツで結果を出すためには、マシンと自分の走りを突き詰めていくことが求められます。極めていくことが好きなんですね。
長瀬 それは例えば料理人の方も一緒だと思います。毎日料理のこと考えてたら、今日よりも明日のほうがおいしいごはんを作れる人になるんだと思います。毎日料理のことを考えてる人の料理を僕は食べたい。お芝居や音楽もそう思っています。
僕自身、何事に対しても妥協せずに突き詰めようと思って生きてきて「マニアックだね、おたくだね」と言われてきました。でも僕に言わせれば、そういう人間じゃないと、表現やモノ作りはできないし、レースでもベストタイムを超えることは難しい。同じことだと思います。
そんなことを言うとムカつく人もいるでしょうけど、そういう人たちをサーキットに呼び込むのも僕の役割だと思っています。僕が客寄せパンダになって、「長瀬だったら俺でも勝てるよ」という人をひとりでも多く、サーキットに呼び寄せたい。
僕はプロのレーサーでもないし、僕に勝ってもなんの得もないと思いますが、もしそう思わせたならすでに僕の勝ちですね(笑)。
――今回の筑波でクラブマンロードレースの2025年シーズンは終了しましたが、来年以降もレースを続けていきたいという思いはあるのですか?
長瀬 そうですね。でもバンドのライブツアーがあったり、ひょっとしたら今後、役者としての仕事もあるかもしれません。そういう状況になったらレースができなくなる可能性もあります。でも、いつでもレースに出られるような準備だけは欠かさないようにしておきたいと思っています。
【遅いバイクで速いバイクを追うのが面白い】――ちなみに普段はどんな練習をされているのですか?
長瀬 僕が参加するJapanese Chopper Racing チームの仲間と月に何回かサーキットに走りに行っています。やっぱりサーキットの限界走行でないと練習になりませんからね。
でも僕らのマシンはサーキット走行用のスポーツバイクじゃなくて、ハーレーダビッドソンの"ツアラー"といって長い距離をツーリングするバイクがベースになっているので、車体も大きいし、結構重いんです。重いマシンだと車重は300キロ超えるマシンもあります。
スポーツバイクの車重はカテゴリーや排気量によって異なりますが、大体150キロ前後ぐらいです。だからスポーツバイクに乗っている人たちでも乗りこなすのは難しいと思います。しかもエンジンは低速トルクが強く扱い方もスポーツバイクとは違って独特なんです。

雨のためにレースを棄権することを決めた長瀬さんだが、彼が所属するJapanese Chopper Racing のテント前に集まった多くのファンとじゃんけん大会や写真撮影に応じたりして、交流を深めていた
僕が参加するアメリカの古いバイクによるレース、A.V.C.C(アメリカン・ビンテージ・コンペティション・クラブマンロードレース)というのは世界を見渡してもあまりないカテゴリーです。
日本では1996年からスタートし、競技人口はそれほど多くないですが、先輩たちがずっと守ってきてくれて、今があるんです。
でも今後、競技人口がどんどん減ってしまうと、このレースそのものが終わってしまいます。A.V.C.Cの伝統のようなものを若い人たちのためにも守っていかなければという思いもあり、レースに参加しています。
――ロードレース世界選手権(MotoGP)に代表される、ヨーロッパの競技性の高いレースのほうはあまり興味がなかったのですか?
長瀬 サーキットでスピードを極めるレースも嫌いじゃありませんが、僕がそっちの世界に行ったら命がいくつあっても足りません(笑)。
それに僕は速く走れてもあまりうれしくないタイプなんです。どちらかといえば、乗りづらいマシンをうまく乗りこなすとか、遅いバイクで速いマシンを追いかけるとか、そういうところに面白みを感じています。
インタビュー・文/川原田 剛
記事提供元:週プレNEWS
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