ご本人も芭蕉扇の威力自覚を 【平井久志×リアルワールド】

韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領は6月24日、ソウル龍山区の大統領府で行われた閣議で中国の古典「西遊記」の内容を取り上げて、公職者の権力は非常に大きなものなので細心の配慮をする必要があると強調した。
李在明大統領は「冗談のような話ですが、皆さんは子どものころに孫悟空、西遊記を読んだことがあるでしょう」と切り出した。「そこで芭蕉扇という小さな扇を持った魔女が出て来るが、孫悟空が火を消すためにその芭蕉扇を借りようとするエピソードがある」とし「ところが、この扇は一度扇(あお)ぐと雷が鳴り、二度扇ぐと台風を呼び暴風雨となって世の中がめちゃくちゃになります。とても小さな扇で世の中はすさまじい激変に見舞われますが、扇いでいる本人は、それがよく分かっていません」と述べ「権力と同じようなものです」と指摘した。
李大統領は「皆さんがすること、小さなサイン一つ、小さな関心一つ、皆さんにとってはほとんど意味のないようなことかもしれないが、ある人は生き死にが分かれ、ある人は破産と成功が分かれ、さらに言えば、そのようなことが重なると国が栄えも滅びもする」と強調した。
これは「西遊記」で、三蔵法師一行が火を噴く火焔山に行き当たり、この火を収めるには羅刹女が持っている「芭蕉扇」が必要で、孫悟空がこの「芭蕉扇」を借りに行く話を引き合いに出したものとみられた。「西遊記」では「芭蕉扇」は1回扇ぐと火が収まり、2回扇ぐと風が吹き、3回扇ぐと雨が降るとされる。
これを聞いて、筆者が思い浮かべたのは大統領選中の李在明候補の「コーヒー」論議だった。李氏は大統領選中の5月16日、全羅北道群山での遊説で、京畿道知事時代に渓谷で鶏粥(かゆ)の違法営業をする商人に対して「5万ウォン(約5千円)を払って汗をかきながら(鶏粥を)1時間煮込んで売っても3万ウォン(約3千円)しか儲からないじゃないか。ところが、コーヒー1杯売れば8千ウォン(約800円)から1万ウォン(約千円)もらえるのに、コーヒーの原価は私が調べてみたら120ウォン(約12円)だった」と説得したと述べた。
李在明氏は知事時代に違法営業をする商人を説得した手柄話をしたつもりだったが、この話に怒りだしたのは喫茶店経営などの自営業者だった。「われわれが暴利をむさぼっているということか。コーヒー1杯の豆の価格も120ウォンより高く、ガス代や電気代、店舗の賃貸料、人件費などはどうするのか」と批判、他党も一斉に李在明候補の「コーヒー1杯の原価120ウォン」発言を非難した。
李在明氏はかつて日本を「敵性国家」とし、東京電力福島第1原発排水の海洋放出問題では「日本の汚染水の放流は、第2の太平洋戦争」とも語った。過激な発言で人気を取り「韓国のトランプ」などとも言われた。それが今は、日本は「重要なパートナー」と言う。
李在明大統領が公務員に「弱い立場の人に被害がでないよう細心の注意を払ってほしい」という趣旨で「芭蕉扇」の威力を訴えるのは正しいが、その一方で問われるのはトップ、大統領自身の姿勢だ。大統領自身が「芭蕉扇」の威力を自覚しなければ、下にいる公務員が大統領の言葉に従うはずがない。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 27からの転載】
平井久志(ひらい・ひさし)/ 共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞、朝鮮問題報道でボーン・上田賞を受賞。著書に「ソウル打令 反日と嫌韓の谷間で」(徳間文庫)、「北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ」(岩波現代文庫)など。
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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